宇治上神社 : Ujigami Jinja

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宇治上神社(うじがみじんじゃ、うじかみじんじゃ)は、京都府宇治市にある神社。式内社で、旧社格は府社。隣接する宇治神社とは対をなしている。
ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の構成資産の一つとして登録されている。

祭神:
左殿:菟道稚郎子命 (うじのわきいらつこのみこと)
『日本書紀』では「菟道稚郎子」、『古事記』では「宇遅之和紀郎子」と表記。応神天皇の皇子。天皇に寵愛され皇太子に立てられたものの、異母兄・大鷦鷯尊(のちの仁徳天皇)に皇位を譲るべく自殺したという美談で知られる。
中殿:応神天皇
第15代。菟道稚郎子命の父。
右殿:仁徳天皇
第16代。菟道稚郎子命の異母兄。

創建年代などの起源は明らかではない。当社のすぐ近くには宇治神社があるが(位置)、当社とは二社一体の存在であった。当社の境内は『山城国風土記』に見える菟道稚郎子の離宮「桐原日桁宮」の旧跡であると伝え、両社旧称の「離宮明神」もそれに因むといわれる。
当社の境内外には「天降石」や「岩神さん」と呼ばれる巨石があり、磐境信仰による創祀という説もある。

『延喜式神名帳』には「山城国宇治郡 宇治神社二座 鍬靫」と記載があり、「二座」はそれぞれ宇治神社・宇治上神社を指すとされている。この「二座」を祭神と見た場合、菟道稚郎子を一座とすることは動かないものの、もう一座については父の応神天皇・異母兄の仁徳天皇・母の矢河枝比売とする説がある。なお、宇治上神社の本殿は本来左右2棟であるとして、「宇治神社二座」は宇治上神社のみを指すという説もある(3棟の建築年代については後述)。近くに平等院ができると、両社はその鎮守社とされたという。
明治以前は当社は「上社」「本宮」、宇治神社は「下社」「若宮」と呼ばれたほか、両社を合わせて「宇治離宮明神(八幡宮)」と総称された。
明治に入って宇治上神社とは分離し、それぞれ近代社格制度では府社に列した。

2004年2月の奈良文化財研究所や宇治市などによる年輪年代測定調査では、本殿は1060年頃のものとされて「現存最古の神社建築」であることが裏付けられた。また、1052年創建の平等院との深い関連性が指摘されている。

本殿は平安時代後期の建立で、神社建築としては現存最古とされる。流造、桁行5間(正面)、梁間(側面)3間、檜皮葺きの建物内に、一間社流造の内殿3棟が左右に並ぶ。

拝殿は鎌倉時代前期の建立で、寝殿造の遺構といわれる。切妻造、檜皮葺き。屋根は切妻造平入りの屋根の左右端に片流れの庇屋根を設ける。切妻屋根と庇屋根の接続部で軒先の線が折れ曲がっており、こうした形を縋破風(すがるはふ)と称する。本殿同様、国宝に指定されている。


Our address

Address:
京都府宇治市宇治山田59
GPS:
34.8920656, 135.8114306
Web:
http://www.pref.kyoto.jp/isan/ujigami.html

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